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代表議員誕生による看護環境の変化:連盟ふくい座談会:福井県看護連盟


連盟ふくい座談会:代表議員誕生による看護環境の変化福井県看護連盟座談会 代表議員誕生による看護環境の変化

看護連盟創設以来、看護職から多くの国会議員が誕生し、その努力の賜物によって看護師が働く環境も次第に向上してきました。今後、連盟がさらなる発展を遂げるためには、個々の会員がどのような意識を持って活動を続けていかなくてはならないのでしょうか。
 

会員の声を国会に送ることができたからこそ、様々な労働環境の改善が行われた。

司会

看護連盟といいますと、看護協会と違って「選挙活動をしている」というイメージがあると思いますが、今までの活動を含めて連盟の意義・意味などをより広めたいという時にどうすればよいか、連盟の歴史なども交えてお話を進めていきたいと思います。

まずは、以前起こった誤薬事故のことをお聞きしたいのですが、斎藤さん。

斉藤
斉藤清子さん
看護師・助産師として約60年活動してきた。その間、小学校養護教諭、病院等に勤務した。
病院勤務においては、看護管理者として後輩の指導にあたる。救護班で召集勤務別府海軍病院に1年半勤務した経験を持つ。現在も開業助産所を開き活動している。
毎日一番良い笑顔で病室を訪問するをモットーとしてきた。

はい、あれは昭和27、8年だったと思いますが、ある病院で誤薬事件がありました。

今は全部製薬会社がやっていますが、昔は病院で注射液もブドウ糖も製造することがあり、それが同じ機械の中に入っていました。それぞれの名前も書いてなかったということで、ペルカミンという注射液をブドウ糖と間違えて看護婦が注射をして患者さんが亡くなったという事があったんです。

裁判にもなりましたが、その時に私達はどうしたらいいのか、行政がどのような対応をしてくれるのか分からず、看護師はまったく無力でした。いくらお願いしても却下ばかり。

その時、井上なつゑ先生が参議院議員で福井に来られたんですが、行政も裁判所も、私たちに対する対応と井上なつゑ先生に対するものとではあまりにも差があり、“これではだめだ、もっと政治に目を向け、政治を知る必要があるのだ”ということをしっかり心に刻みました。そのことが、林先生、石本先生の選挙で大いに一致団結して関わるようになった一因ではないかと思っています。

司会

そうですね。身近にその様な事があった上に、井上なつゑさんが落選されたとたんに厚生省の看護課が廃止になってしまったりしましたし、会員の皆さんに「もっと政治意識を持つ必要がある」と唱えるのが大事だと思われますね。

久島
久島スナヲさん
看護職として50年間、主に病院に勤務した経歴を持つ。その間看護学校において8年間看護師育成に携わる。
福井地震の体験から「自分が健康でなければ患者さんにやさしい笑顔を見せた看護は出来ない」と思った。それ以来、絶えず自分の健康に気をつけてきた。

本当に、あの誤薬事件はとても大きな事件で、今でも何かあると話題にされるくらい歴史上に残る出来事でした。

薬剤師がしなければいけないことをたまたま看護師が行なって、すべて看護師のせいになってしまい、看護師の質というよりもその病院の看護そのものの質、要するにやり方が悪いとまで言われました。

この一件があって、まずは看護師の地位を向上させることが大事だと皆を説き伏せて、やっと今のような状態ができてきたんです。だから、今の地位を無駄にして欲しくない。
当時の看護協会の福井県支部長さんが看護師に指導して、県からも指導を受けました。それがあっての今ですから、これからまだ、ひとふんばり、ふたふんばりもしていかなくては、看護連盟は伸びません。私は、ここで今少し停滞しているのではないかと思います。

斉藤
当時与党であった自民党入党以降、石本議員は大いに腕をふるうことができるようになる。
無所属議員の時にいくら声を大にしても実現しなかった「看護教育施設への運営費補助」「夜間看護手当の支給」「病院共同利用保育所運営費補助」「ナースバンク運営費補助」「各県看護会館設置費補助」などを、次々に実現させていった。
写真:『連盟通信』250号

看護連盟創立当時は独自で動いておりましたが、看護の行政問題とか改善とか、人事院勧告を勝ち取るとかいろいろなことに関しては、非常に力が弱かったです。

その時、自民党から看護制度問題を改善するのに参加しないかとのお誘いがあり、看護協会・連盟としては悩みましたが、いつもあの誤薬事件が引き出され、自分たちの力量も不足していたのは事実ですし、やはり党に入らざるを得ず、無所属であった石本先生は自民党にお入りになりました。

しかしそのおかげで、目の前が明るくなるような改善ができました。看護師の給与も47%の増加があり、いろいろな予算も取ることができました。

政治家の方も、それまでは看護職とはどういうものかということを知らなかったようですが、石本先生のお力の賜物で看護職の内情を皆さんに理解していただき、賛成をいただけるようになりました。給与も見直され、非常に状態がよくなってきたのも事実です。今でも石本先生には感謝をしております。

司会

石本先生はご高名な方で、非常にインパクトがあり、強力に引っ張っていただいたというイメージがあります。先駆者ですね。

佐藤
佐藤美代子さん
看護師として地域の病院に約50年間勤務。この間、病院の規模拡大と発展に多大の貢献をした。患者様の安全、安心、満足をモットーとしてきた。
また、拡大する病院と共に看護管理の責任者として、利用者の安全管理、看護職・介護職の教育等人材育成に尽力。福井県看護連盟会長を9年間務め、連盟発展に貢献した。

そうですね。石本先生を国会に送ったということを私たちは誇りに思っています。

当時は書面を通して国会に伝えていたけれど、書類だけの請願では我々の要求が通らない。
これではだめだ、代表を国会に送って会員の声を国会の場で審議、解決していただく必要があるという時に、石本先生があの場にいてくださって非常に大きな成果が上がってきました。

そのおかげで、教育問題や給与問題などが社会的な問題として認められ、信用も厚い重要な職業として社会に貢献できるようになってきたので、本当にありがたいです。